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2015年10月

幸せなミツバチ達 - 2

幸せなミツバチ達(1994年 マーガレット・ヒュー 著)

経営陣の一人であるマーク・ヌーナンは次の事を話してくれました。

=殆どのスコットランド産のハチミツはギフト・ショップ、デリカテッセン、健康食品を扱う店舗と言う様な特別な場所に出荷しています。 主な理由は外国産の安値のバラエティに富んだハチミツがいたる所で売られているからです。 私達はとてつもなく大きな市場がイギリスだけでなく海外にもあると確信しています。 現にドイツの人々も日本の人々も私達のハチミツを食べているにも関わらずこの国(イギリス)の人々はスコットランド産ヘザー・ハニーとブロッサム・ハニーの素晴らしさに気付いていないのです。

ストラサーデル(22年前のブランド名、現在はヘザーヒルズ)のブランドで売られているハチミツはブロッサム・ハニーとヘザー・ハニーです。 ブロッサム・ハニーはラズベリー・ストロベリーなどベリー類の花から採れたハチミツで6月に、ヘザー・ハニーは荒野や丘陵に自生するワイルド・ヘザーの花だけから採れたハチミツで7月終りから9月末に採取します。

巣箱に集められたハチミツをびん詰めからラベル貼りまで驚くほど丁寧に手作業で行い、 大手の大量生産をしているゲイルズのハチミツとは著しく異なりますし、また割高にもなります。 殆どの人々が考えているハチミツは透き通っていて、飴色でシロップの様でジャムと同じ様に売られています。 しかし、本当のハチミツを知っている人達は私達のハチミツとの違いをよく知っています。=

マーク・ヌーナンはストラサーデル(ヘザーヒルズ)のハチミツが他の大量生産のハチミツとどんなに違うかを強調します。 特に彼等のヘザー・ハニーはリッチでクリーミーなきめ細やかさ、そして琥珀色の輝きがありますし、ブロッサム・ハニーはもっとデリケートな味わいでベルベットの光沢と柔らかさがあり、美しい乳白色をしています、と彼は話します。    ・・・ 続く

幸せなミツバチ達 - 1

幸せなミツバチ達(1994年 マーガレット・ヒュー 著)

スコットランドのある養蜂家は活発な活動をしている巣箱そのものです。 彼等は国際的なハチミツ市場を作り上げようと狙っているからです。    マーガレット・ヒュー

ミツバチを飼っているということは一般的に言って熱心なアマチュアの趣味的なことの様に思われがちです。 しかし、ブライァゴリィ郊外のブリッジ オブ キャレイにあるヘザーヒルズ・ファームの人達はそれが繁栄する産業の一つであると信じ、世界に広める為に活動しています。 彼等は冬の間巣箱を海抜の低い原野にあるシェルターに移します。



   
平穏な環境の中であなた方はこの小さな養蜂場が1945年第二次世界大戦終盤ヨーロッパにおける戦勝記念日 (1945年5月8日)にたった1個の巣箱からこの養蜂業を始めた事を、そしていま彼等のハチミツをハロッズ、セルフリッジ、フォートナムメイソン、ニューヨークのマーシーにまでセールスを伸ばしている事を、きっと想像することは出来ないでしょう。

スコットランドの養蜂業は市場の拡大性を持ったスコティッシュ・ウイスキー産業とは違い、経済的にも重要な位置を占めるものではなく、その代わり彼ら自身やスコットランド産ハチミツの為に揺るぎない評価を築き上げて行く産業なのです。 この様な中でヘザーヒルズ ファームもある事を除いては同様ですが、そのある事と言うのは経営陣が若いと云う事です。 彼等は国内市場でも、海外市場でも彼等のハチミツのファンを作る機会は限りなくあると信じています。  。。。。。続く   (これは1994年の新聞に載った記事です)

 

21年前のニュース

今から21年前のこと、初めてヘザーヒルズ ファームの人達を訪問した時のこと、何故私が彼等とお仕事を始めたのかなどを。 何回かに分けてお話しましょう。 今日は第1回です。

1994年8月29日、ヘザーヒルズ ファームの人達に逢う為成田を発ってイングランドのヒースロー空港経由でスコットランドへ向かいました。 成田空港でいざ搭乗となった時、同じ飛行機でイングランドへ行く天王寺中学の男子学生が1人どこか行ってしまったのです。 それで飛行機は遅れて出発、 現在と違ってモスクワ上空を通過するにはロシアの許可が必要だったので、その許可を得る為時間がかかりました。 ヒースロー空港に着くとエジンバラへの飛行機が最終便までありませんでした。 ヒースローからエジンバラまで約1時間、ビジネスマンと見られる男性がほとんででした。 エジンバラに着くと誰もいません、既に10時を過ぎていましたから。  マークが迎えに来てくれるはずなのにと思いながらラゲッジを待っていたら、一人の背の高い細みの男性が近ずいて来て 「ロコ?」 と尋ねてくれました。 私が「イエス、アイ アム」と言ったら、マークは「もっと年寄りが来ると思っていたでしょう」 と言われました。 その時マークは31歳か32歳でした。 初めて逢う人なので全く想像が出来ませんでした。 マークが迎えに来てくれたので私はほっとしてラゲッジが出て来るのを待ちました。 何時まで待っても出て来ません。 マークが聞いてくれましたら、ヒースロー空港で積み残したとの事で、次の日の朝に届けてくれる事になりました。 私は必ず手荷物になかに1・2泊出来るものは持っているので心配しませんでした。

次の日、マークのオフィスへ行きました。 その時1994年1月にスコットランド新聞を見せられ、そこにはヘザーヒルズ ファームの記事がありました。 マーガレット・ヒュー氏が書いた記事と素敵なイラストがありました。 イラストはデビット・シム氏が描いたもので、現在シェイラ アンド ロコがちょっと変えて使っているものです。  もちろんデビット・シム氏の許可は得ています。 次回からその記事をご紹介して行きます。


 
  

 

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